映画狂人にはなれない

海へは行かない

 

 今年の夏はどこにも行かなかった。夏っぽいこともなにもしなかった。柴田聡子の「海へ行こうか」という曲は好きだけれど海にも行かなかった。数年前までは夏休みが来ると、夏休みにしかできないことをしようという謎の強迫観念が襲い掛かってきて、いろいろなことをしていた。

 

 例えば高校一年生の時、人生初めてのアルバイトを仲の良かった男3人でした。その3人で割り勘で青春18きっぷを買って、ホテルの予約をして(3人だから一人は簡易ベッドだった)大阪まで行った。大阪に目的地を決めたのも、お金をケチってダブルベッド+簡易ベッドの部屋に泊まったのもこの旅が「童貞脱出ツアー」と名づけられていたからだ。年齢を偽って飛田新地に行き、そこで童貞を脱出するのがこの旅の目的だった。ひどい話だ、本当に。

 結局、飛田新地に着いてみると始発の鈍行で大阪まで来た身体は寝不足で節々は痛く、とてもじゃないけれど性的に機能しそうにもなかった。一刻も早くホテルで寝たかった。だから、僕らは何かと理由をつけて(実際はビビってたのだが)童貞を失わなかった。一人を除いて。残された二人は天王寺動物園の象を見て時間を潰した。そいつはすっきりした顔で「最高だったよ」と言って帰ってきた。15分のコースで一万円くらい払ったと言っていた。

 使うはずだったお金が手元に残った僕ら二人は、コンビニでお酒を買って、ホテルに帰ってから彼の童貞喪失を祝って酒盛りをした。コンビニでお酒を買うのが精いっぱいの当時の僕らにとってのワルだった。セックスなんて(彼だって実際には手でイカされただけらしいけれど)遠い遠いところにあるのだと思っていた。

 その後この三人で大学も学部も同じ所へ進学した。去年、童貞を捧げた彼が児童ポルノを所持していただとかなんだとかで警察に捕まったらしい。詳しいところは僕も知らず、結局それにて三人の関係は消失した。

 

 学部生の時はリュック一つで東南アジアに行ったりもしたのだけれど、一番覚えているのはレンタカーを借りて枯木灘海岸(和歌山県)まで行った時のことだ。3日くらいかけてゆっくりと途中途中で車中泊をしながら和歌山県まで行った。枯木灘を目指したのは中上健次の『枯木灘』を読んであの土の湿り気や香りを漂わせてくる文体に圧倒されたからだ。

 実際に行ってみると、小説の舞台となっている新宮市枯木灘は車でないと移動できないくらいには離れていることに気付かされた。小説のタイトルと舞台が差異を孕んでいることが身体的な感覚(移動にかかる時間や目に見えるまったく異なる風景)としてあらわれてきて驚嘆した。

 一方で海岸沿いを運転していると頻繁にダンプカーと遭遇した。赤信号の度にバックミラーで確認すると、いつも後ろにはダンプカーがいて、こっちへ突っ込んでこないか不安だった。ダンプカーの運転手がどんな人物だったのかはまったく覚えていない。きっと運転手と秋幸を重ね合わせ、現実など少しも見えていなかったから。

 

 今年の夏はどこにも行かなかったけれど、大森靖子の「みっくすじゅーちゅ」のMVを何度も見た。僕が大好きな小説、乗代雄介「生き方の問題」(『最高の任務』収録)に出てくる貴子というバツイチの女の人が、このMVに出演している黒宮れいのイメージだと恋人が言っていたからだ。その指摘は的確だなと思う。

 小説は、(技巧的な特徴こそが肝なのだが、あえてそこには触れずにおくと)文学青年の主人公がジュニアアイドルをしていた程度には容姿端麗で現在は子持ちシングルの従姉貴子への愛を語るものだ。ジュニアアイドルだとか、田舎(栃木県足利市)という素材ももちろん「みっくすじゅーちゅ」を思わせるのだが、僕が何度も見ているMVの黒宮れいよりも現在の彼女よりも小説の貴子は歳上だ。年齢は決して近いとは言えないだろう。けれども、作者が饒舌に語る貴子の魅力が(ここではあえて引用しないから是非読んでもらいたい)黒宮れいに合っている気がしなくもない。

 

 どこにも旅行をしなかった分、「生き方の問題」を何度も読み返した。小説家が影響を公言している山本直樹の漫画も何度も読んだ。恋人に指摘された「みっくすじゅーちゅ」を何度も聞いた。それだけでも旅行に勝る旅をした気がした。